エンジニアの顧客折衝が苦手なのは、本人のせいじゃない──「折衝」と思っている時点で、すでにズレている

「顧客との折衝がうまくいかない。どう指導すればいいか分からない」

その悩み、もしかしたら出発点から見直した方がいいかもしれない。

「折衝がうまくいかない」と感じているとき、多くの育成担当者はエンジニアの交渉スキルや説得力に問題があると考える。しかし実際には、「折衝しなければならない状況」自体が、すでにコミュニケーションのズレのサインだ。

なお、顧客折衝の土台となるヒアリング力の組織的な高め方については、こちらで詳しく解説している。

【IT/SIer】営業のヒアリング力を組織で上げるには?育成担当者が知るべき本質

そもそもエンジニアの「折衝」はなぜ発生するのか

顧客折衝とは一般的に、要件の調整・仕様のすり合わせ・合意形成など、交渉が必要な場面を指す。しかしそもそも、なぜ折衝が必要になるのか。

顧客が本当に解決したい課題を明確に共有できており、エンジニアもその課題を正確に把握できていれば、「すり合わせ」はごく自然な対話になる。顧客が「喉から手が出るほど欲しい」という共通認識が組織内で取れていれば、即決するし、そうでなければ、社内事情があるため、検討する。それだけの話だ。

折衝が「交渉」や「説得」に感じられるのは、顧客の課題を中心とした対話ではなく、エンジニアの解決策を中心とした折衝を行うから起きるすれ違いに過ぎない。

エンジニアのミーティングは商談ではない。もちろん、ニーズと技術的な工数によるトレードオフは当然発生するが、それも顧客の優先順位を正確に把握できていれば、どこで折り合うかは自ずと見えてくる。

「折衝が必要」に見えているのは、相手の課題ではなく自分の都合を主語にしてコミュニケーションしているサインだ。

なぜIT/SIerのエンジニアは顧客の課題を主語にできないのか

顧客の課題を主語にしたコミュニケーションができないのは、本人の意欲や能力の問題ではない。IT/SIer業界特有の3つの構造が背景にある。

RFP文化で「技術的に書いてあること以上は聞かない」習慣が染みついている

顧客からRFPや仕様書が先に届き、それに答えるスタイルが長く続いてきた。この構造に慣れると、技術的な記載事項には答えるが、その背景や目的には踏み込まないという習慣が自然と身につく。顧客が言葉にした技術的な要件だけを受け取り、その奥にある意図や優先順位を掘り下げないまま話が進んでしまう。

技術者の「“モノづくり”の正解を出す」思考回路が顧客理解を妨げる

エンジニアは「問題を提示されたら“どう設計・作成できるか”という、モノづくりの正解を返す」という訓練を積んできた。顧客が話し始めると、無意識に「どうしたら技術的に可能か」を考え始め、顧客の話を最後まで聞く前に解決策の提示に入ってしまう。顧客の課題の全体像を把握する前に、自分の解釈で動き始める。

御用聞き商習慣で「顧客の言う通りに動く」が正解になっている

長年の御用聞きモデルの中で、顧客の要望をそのまま受け取ることが仕事とされてきた。そのため「そもそも、なぜそれが必要なのか」「他に優先すべきことはないか」と掘り下げる発想自体が育ちにくい構造になっている。

この3つの構造的背景については、こちらで詳しく解説している。

なぜIT/SIer企業に提案型営業への転換が最も必要なのか――「御用聞き」モデルが限界を迎えた、業界構造のリアル

「折衝が苦手」が現場でどう出るか

顧客の課題を主語にできないと、現場では次の3つの症状として現れる。

ズレに気づかないまま話が進んでしまう

顧客の言葉をそのまま受け取り、奥にある優先順位や判断基準を把握しないまま話が進む。

「わかりました、その方向で進めます」と合意したはずが、後から「そういう意味じゃなかった」となる。顧客の課題が主語になっていないから、何を合わせるべきかが見えていない。

「NO」が言えず、ハードネゴシエーションを仕掛けられる

顧客の要望を断ることも代替案を出すこともできず、曖昧な受け答えで場を濁してしまう。

御用聞き型のエンジニアほど、顧客から価格や要件のハードネゴシエーションを仕掛けられやすい構造になっている。顧客の優先順位を把握できていれば、技術的な要件や工数を照らし合わせ「このニーズは解決できるが、このニーズなら更に費用がかかる」という軸が生まれるが、それを伝えないと全方位で押し切られる。

【タイプ別】ハードネゴシエーションが必要になる理由

温度感を把握できず、「検討します」で終わらせてしまう

顧客が今どの段階にいるか、課題感がどのくらい切迫しているかを把握できていないと、「検討します」という曖昧な返答をそのまま受け取って終わってしまう。

しかし「検討します」は判断を聞けていない状態であり、実は「NO」をもらうよりずっと厄介だ。顧客の課題と温度感を把握できていれば、「なぜ今ではないのか」を自然に聞ける。それが次のアクションにつながる。

育成担当者として何を変えるか

上記の通り「折衝スキルを教えよう」というアプローチは、問題の場所を間違えている。折衝が発生する手前、つまり顧客の課題と優先順位を主語にしてコミュニケーションできるかどうかを変えることが本質だ。

そのために育成担当者が整備すべきは、次の2点だ。

①「相手の課題を主語にする」ヒアリングの基準を言語化する

「ちゃんと顧客の話を聞け」という指示は、基準がなければ機能しない。

顧客の言葉をそのまま受け取るだけでなく、「なぜ今それが必要なのか」「どの課題が最優先か」を引き出せているかどうか。組織でその基準を持つことが、折衝を減らす根本的なアプローチになる。

②踏み込むことへの「恐怖」を外してあげる

御用聞き文化が染みついたエンジニアは、「顧客の要望に疑問を持っていい」「別の優先順位を提示していい」という感覚を持てていないことが多い。その根っこには、踏み込んで否定されることへの恐怖がある。

しかし育成担当者として伝えてほしいのは、「検討します」で終わる方がずっと厄介だということだ。

逆に、踏み込んだ質問をし、否定がきたら、その理由(判断)を聞ける。判断が聞ければ、顧客の課題に踏み込む入口が生まれる。「否定される価値」を腹落ちさせることが、エンジニアが顧客の課題に踏み込めるようになる起点になる。

若手営業マンが踏み込めない理由は、否定される価値を知らないから


まとめ

まとめると、下記の通りとなる。

1 「折衝が必要」に見えているのは、顧客の課題中心ではなくエンジニアの解決策中心で会話をするから起きるすれ違い
2 背景にはRFP文化・解決思考・御用聞き商習慣という3つの構造的原因がある
3 現場症状は「ズレがないまま話が進む」「ハードネゴを仕掛けられる」「検討しますで終わる」の3つ
4 育成で変えるべきは折衝スキルではなく、顧客の課題を主語にするヒアリングの基準と否定される価値の腹落ち

「折衝がうまくいかない」と感じたとき、エンジニアの交渉力を鍛えようとするのは問題の場所を間違えている。顧客の課題を主語にしてコミュニケーションできているかどうか、その一点を問い直すことが育成の出発点になる。

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