SEが上流工程で行き詰まる本当の理由──ヒアリングを「スキル」と思っている限り、変わらない
「上流工程に上げたいのに、なかなか育たない」
そう感じている育成担当者は多い。技術力はある。経験も積んできた。それでも上流工程で顧客と向き合うと、途端に機能しなくなる。
その原因は、上流工程で求められるヒアリングや提案を「習得すべきスキル」として捉えていることにある。スキルの問題ではなく、思考回路の問題だ。
目次
上流工程で求められることは何か
上流工程とは、要件定義・基本設計など、システム開発の方向性を決める初期フェーズを指す。顧客と直接向き合い、「何を作るべきか」を定義する役割だ。
一般的に上流工程で必要とされるスキルとして、ヒアリング力・提案力・コミュニケーション能力・業務知識・マネジメントスキルが挙げられる。
しかしこのリストには、重要な視点が抜けている。なぜIT/SIerのエンジニアはこれらが苦手になるのか、という構造的な原因だ。
スキルのリストだけを見ていても、現場は変わらない。
なぜ技術力があるSEが上流工程で行き詰まるのか
上流工程で行き詰まるのは、個人の能力や意欲の問題ではない。IT/SIer業界特有の3つの構造が、上流工程に必要な思考回路を育てにくくしている。
①RFP・仕様書ベースの商談文化
長年、顧客からRFPや仕様書が届き、それに答えるスタイルで仕事が回ってきた。この構造に慣れると、「書いてある技術的な要件に答える」ことが仕事になる。顧客の言葉の背景にある意図や優先順位を掘り下げる発想が育ちにくい。
上流工程では「書いていないことを引き出す」ことが本質だが、その習慣がない状態で上流に上がっても、RFPを待つ姿勢から抜け出せない。
②「技術的な正解を出す」思考回路
エンジニアは「問題を提示されたら正解を返す」という訓練を積んできた。これは技術者として重要な能力だが、上流工程では逆に働く。
顧客が話し始めると、「どう技術的に実現するか」を考え始め、顧客の課題の全体像を把握する前に解決策の提示に入ってしまう。上流工程で必要なのは「まず顧客の課題を正確に理解すること」だが、解決思考が先に走る。
③御用聞き商習慣
長年の御用聞きモデルの中で「顧客の言う通りに(技術的に解決できるように)動く」が正解とされてきた。「なぜそれが必要なのか」「本当の優先順位は何か」と掘り下げる行為は、むしろ余計なことと感じてきた。
上流工程では顧客の言葉の奥にある課題を構造的に整理することが求められるが、御用聞き文化が染みついていると、そこに踏み込めない。
この構造的背景については、こちらで詳しく解説している。
▶ なぜIT/SIer企業に提案型営業への転換が最も必要なのか――「御用聞き」モデルが限界を迎えた、業界構造のリアル
「ヒアリングが大事」と言っても変わらない理由
多くの育成担当者が「上流工程にはヒアリング力が必要だ」と知っている。研修でも教えている。しかし現場は変わらない。
それは、なぜか。ヒアリングを「スキル」として教えているからだ。
「傾聴しなさい」「深掘り質問をしなさい」という指導は、行動レベルの話である。
しかし上流工程でヒアリングが機能しない根本原因は、「技術的な要件だけを受け取る」「解決策を早く出す」という思考回路にある。思考回路を変えないまま行動だけ変えようとしても、プレッシャーがかかる場面で元のパターンに戻る。
弊社の研修でも、参加したエンジニアからこういう声が出る。
「ヒアリングが大事なのはわかっていた。でも1回1回のミーティングの目的だけ意識していて、その組織が本当に目指していること、バックグラウンドの軸を見落としていた」
「知っている」と「できる」は別だ。そしてできない理由は、意欲ではなく構造にある。
上流工程で機能するヒアリングとは何か

上流工程で求められるヒアリングは、「顧客の話をよく聞く」という行為ではない。顧客の課題の構造を、顧客と一緒に整理することだ。
顧客が口にする要望は、本当の課題を表していないことが多い。「この機能が欲しい」という言葉の奥に「実は組織の意思決定プロセスに問題があって、それをシステムで解決しようとしている」という背景があることがある。
この背景を掴めていないまま要件定義を進めると、技術的には正しいシステムが完成しても「思っていたものと違う」になる。上流工程での失敗のほとんどは、ここから始まる。
機能するヒアリングには2つの観点がある。
確認力——顧客の言葉をそのまま受け取る
顧客の発言を自分の解釈フィルターを通さずに受け取れるかどうか。エンジニアは無意識に「技術的にはこういうことだろう」と変換してしまう。この変換が認識のズレの起点になる。
質問力——言葉の奥を引き出す
「なぜ今それが必要なのか」「その課題はいつから発生しているのか」「解決できた場合、組織にとって何が変わるのか」。こうした問いを積み重ねることで、顧客自身も整理できていなかった課題の全体像が見えてくる。
この2つの詳細については、こちらで解説している。
▶ なぜうちのエンジニアは顧客の本音を引き出せないのか|ヒアリングスキルの3段階で考える
育成担当者として何を変えるか
上流工程に上げるための育成で結果が出ない組織に共通するのは、「上流工程のスキルを教えようとしている」ことだ。しかし変えるべきは思考回路であり、その土台はヒアリングの基準を組織として持てているかどうかにある。
①ヒアリングの基準を先に言語化する
「ちゃんとヒアリングしろ」という指示は機能しない。何をもって「顧客の課題を把握できた」と言えるのか。組織でその定義を持つことが、上流工程への育成の出発点になる。現場が変わらない組織の多くは、「何が変わっていないか」の現在地すら把握できていない。まず自社のエンジニアがどの段階にいるかを特定することが先だ。
▶ 何度研修を入れても提案型に変われないエンジニアが抱えている本当の問題
②「解決策を出さない」場面を意図的に作る
エンジニアの解決思考を変えるには、「答えを出さずに顧客の話を聞き続ける」という経験を積み重ねる必要がある。社内会議でも同僚との会話でも、「手段から考える思考」は無意識に出てくる。研修や商談同行でそういう場面を意図的に設計することが、思考回路の書き換えにつながる。
▶ 何度研修を入れても提案型に変われないエンジニアが抱えている本当の問題
③上流工程を「技術の上位」ではなく「顧客理解の深化」と定義する
「上流工程に上がる=技術から離れる」という誤解が、エンジニアの心理的抵抗を生む。上流工程とは顧客の課題を深く理解し、それを技術で解決する形に落とし込む仕事だ。
「営業になれ」ではなく「顧客の課題を一緒に整理できる技術者になれ」という定義に変えることで、エンジニアが前向きに取り組める土台ができる。
▶ 技術者が”提案できない”本当の理由|意欲ではなく『理解するための提案』へ
▶ エンジニアに営業力は必要か?──「気の利くSE」になれば成果は自ずとついてくる
まとめ
まとめると、下記のようになる。
| 1 | 上流工程で行き詰まるのはスキル不足ではなく、RFP文化・解決思考・御用聞き商習慣という構造的原因がある |
| 2 | 「ヒアリングが大事」と教えても変わらないのは、思考回路を変えないまま行動だけ変えようとしているから |
| 3 | 上流工程で機能するヒアリングは「よく聞く」ではなく、顧客の課題の構造を一緒に整理すること |
| 4 | 育成の起点はヒアリングの基準の言語化と、解決思考を手放す経験の設計 |
SEを上流工程で機能させたいなら、スキルリストを教える前に、思考回路を変える設計が必要だ。その出発点は、ヒアリングを「スキル」ではなく「顧客理解の構造」として捉え直すことにある。
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この記事を書いた人
吉川 健一
取締役/講師
IT業界の提案力・ヒアリング力向上を専門とする講師。技術者としての現場経験と、登壇100回以上の研修実績をもとに、「なぜ提案が刺さらないのか」を構造から解説する。現場で再現できる対話設計をテーマに執筆中。
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