エンジニアが「提案持ってきて」と言われたら、何を持っていくべきか
先日、あるIT企業様向けの研修で、参加した技術者からこんな話が出た。
「まだ関係構築が弱いお客様から『提案持ってきて』と言われることがあるんです。でも、ヒアリングの時間は、ほとんどもらえない。いきなり『まず何ができるか見せてよ』というような感じで言われる。だから正直、何を提案していいのか分からないんですよね」
非常によく分かる悩みである。そして、この一言の裏側にこそ、「エンジニア脳」と「顧客脳」の違いが凝縮されている。
「提案持ってきて」を字義通りに受け取ってしまう
技術者は基本的に、言葉を正確に処理しようとする。「提案」と言われれば「提案書」を思い浮かべ、「持ってきて」と言われれば「完成させて持参する」と解釈する。これは決して間違った理解ではない。むしろ、指示を忠実に実行しようとする誠実さの表れである。
しかし、顧客がまだヒアリングにも応じてくれない段階で「提案持ってきて」と言っているとき、それは文字通りの意味ではないことがほとんどだ。むしろ、こう言い換えられる。
「あなたたちが何をやってきたか、まだ知らない。信用材料をください。」
顧客が本当に欲しいのは「提案書」ではなく「安心材料」
裏を返せば「まだこの相手に自社の内情を話すほどの信頼関係ができていない」という顧客側のサインでもある。そんな状態でいきなり作り込まれた提案書を出しても、的外れになりがちであるし、顧客側も「まだそこまで踏み込まれたくない」と感じてしまうことすらある。
研修の場で伝えて「なるほど」と言っていただいたのは、この一言だった。
「『提案持ってきて』は、実は『事例見せてもらえる?』という意味なんですよね。」
事例であれば、まだヒアリングをしていなくても持っていける。しかも事例は「うちは何ができるか」を、抽象的な言葉ではなく具体的な実績として伝えられる。これが顧客にとっての「安心材料」になる。
事例を「見せて終わり」にしない。対話の入口にする
ただ、ここで大事なのは、事例をただ配布資料として渡すことではない。事例を持っていくこと自体が目的ではなく、事例をきっかけに対話を始めることが本当の目的である。
「この事例のケースでは、こういう課題からスタートしています。御社の場合、近いところはありますか?」
このように事例を接続材料にして問いかけることで、これまで閉じていたヒアリングの扉が少しずつ開いていく。「提案書を出す」のではなく、「事例を持って対話をしにいく」。この順番の違いが、結果として提案の精度を大きく左右する。
「事例を見せてもヒットしない時は?」という質問
この話を研修でしたところ、こんな質問が返ってきた。
「事例を見せても、お客様がピンと来ていない感じの時はどうすればいいんですかね?」
これもあるあるだ。ただこの質問自体が、実はまだ「事例=当てるもの」という前提に立っている。この場合、事例の役割を、もう一段深く捉え直す必要がある。
事例が重要なのは、それがヒットするかどうかではない。お客様が考えていること、求めていること、本当は話したいことを引き出すための単なる道具である、という点が重要なのだ。
「何か御社に近いものはあったか」と聞いたときに返ってくる答えは、「はい」でも「いいえ」でも、どちらでも構わない。大事なのは、そこから始まる会話である。
事例がヒットしなかったとしても、「うちはちょっと違って…」という言葉の先に、お客様が本当に抱えている課題が出てくることは珍しくない。むしろ「ヒットしない」という反応こそ、お客様の状況をより正確に語ってもらえるきっかけになることさえある。
Think STOP:技術者が反応する瞬間に何を考えているか

この顧客との対話で問われるのは、事例の精度ではなく、技術者自身がその会話の中で何を考えているか、である。
お客様から反応が返ってきた瞬間、技術者の頭の中でよく起きているのは、次のような思考だ。
- 「これをどうプロジェクト化していこうか」
- 「うちの技術がどう当てはまるだろうか」
これは決して悪い思考ではない。ただ、この段階でこの思考が先に立ってしまうと、お客様の話をきちんと受け止める前に、頭の中で自社都合の解決策を組み立て始めてしまう。これもまた、エンジニア脳の癖のひとつである。
ここで一度、その反射を止める。これを我々は「Think STOP」と呼んでいる。
自社がどうだということは一旦置いておいて、「お客様が本当に求めている課題は何なのか」だけに意識を向ける。
「うちの技術で対応できるか」を考えるのは、その後で構わない。むしろ、それを先に考えてしまうと、お客様の話は「自社の技術で処理できる形」に無意識に変換されてしまい、本当の課題からズレていく。
Think STOPができるかどうか、つまり自社都合の思考を一旦止めて、相手の課題そのものに向き合えるかどうか。ここが、事例を使った対話がうまくいくかどうかの分かれ目になる。
なぜこの誤解は繰り返されるのか
技術者が「提案持ってきて」を字義通りに受け取ってしまう背景には、次のような「エンジニア脳」の癖がある。
- 言葉を仕様書のように正確に処理しようとする
- 言葉の裏にある感情や状況よりも、タスクそのものに意識が向く
- 「分からないことは聞けばいい」という前提が、ヒアリング機会がない場面では機能しない
これは能力の問題ではなく、思考の出発点の違いである。「顧客脳」は、言葉そのものよりも、その言葉が発せられた状況や、相手がまだ何を話していないかに意識を向ける。「提案持ってきて」の奥にある「まだ心を開いていない」という状況を読み取れるかどうか。ここに差が生まれる。
まとめ:言葉ではなく、状況を翻訳する
「提案持ってきて」と言われたときに、反射的に提案書作成に走るのではなく、一度立ち止まって「なぜ今このタイミングでこう言われているのか」を考えてみる。それだけで、次に持っていくべきものが変わってくる。
今回の研修でも、この視点を伝えたところ、参加者の反応が大きく変わった。「事例を持って対話をしにいく」という具体的な行動に落とし込めたことが、腹落ちにつながったのだろう。
営業的な動きを求められる技術者にとって、「言葉の裏にある状況を翻訳する力」は、今後ますます重要になっていくはずだ。そして、その入口に立った瞬間、自社都合の思考を一旦止める「Think STOP」ができるかどうかが、対話の質を大きく左右する。
技術者に「顧客視点を持とう」と言っても、
「伝わってないなぁ〜・・」と、頭を悩ませていませんか?
そうは言っても、難しそうなんだよなぁ。
この記事を書いた人
西勝 譲
代表取締役社長/CMO
1987年埼玉県生まれ。組織人事コンサルティング、個人向けコーチング事業を経て、2018年にRelation Shift株式会社を設立。独自メソッド「問育®」を体系化し、IT・SIer企業のヒアリング力・提案力向上を専門に支援。東証上場企業を含む複数社へのエグゼクティブ・コーチングも担当。「正しい戦略があっても組織が動かない」という構造的な課題に、対話を通じて向き合い続けている。


