成長戦略を支える管理職の意識改革とその実践法
企業の成長戦略を実現するためには、管理職の意識改革が不可欠である。しかし、管理職の意識を変えることは容易ではなく、多くの企業がその難しさに直面している。本記事では、管理職の役割の歴史を振り返りつつ、意識改革の必要性や実践方法について詳しく解説する。また、実際の成功・失敗事例を紹介しながら、競争力のある管理職育成のポイントを探っていく。なお、今回の伝えている「管理職」とは課長・部長層を想定している。
日本における管理職の役割の歴史
日本の管理職の役割は時代とともに変化してきた。企業、上司、部下それぞれの期待が異なり、それに応じてマネジメントスタイルも変化している。この分け方は様々あるが、簡潔に、3つに分けて紹介したい。
高度経済成長期(1950〜1970年代)
- 顧客からの期待:標準化された商品やサービスを安定的に提供すること。
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会社からの期待:終身雇用と年功序列を前提に、管理職は長期的な組織維持と労働力の安定を図る役割を担っていた。
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上司からの期待:命令に従い、組織の方針を忠実に実行することが求められた。
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部下からの期待:職場のルールや業務フローを教える「職人型」管理職としての役割。
バブル経済期(1980〜1990年代)
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顧客からの期待:新しい商品やサービスの提供とスピーディーな対応。
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会社からの期待:成果主義が導入され、短期的な業績向上を求められた。
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上司からの期待:結果を重視し、競争に勝つための管理能力を発揮すること。
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部下からの期待:高い売上を出し、業績に貢献するための指導者。
現代(2000年代以降)
- 顧客からの期待:企業の社会的責任(CSR)や持続可能性を考慮した価値提供。
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会社からの期待:働き方改革やダイバーシティの推進に対応し、柔軟なマネジメントを実施すること。
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上司からの期待:業務の成果だけでなく、チーム全体の成長やエンゲージメント向上を重視する。
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部下からの期待:単なる指示者ではなく、キャリアの成長を支援するコーチング型のリーダー。
このように、時代の変化があるがゆえに、期待が変わり、マネジメントスタイルの変化が起きている。では、この現代において、なぜ管理職の意識改革が成長戦略を支えるのか?を考えていく。
なぜ、今、管理職の意識改革が成長戦略を支えるのか?
結論から伝えると「業務遂行だけではなく、目的管理と育成」が、企業の成長戦略を達成するキーファクターとして、重要視されてきているからだ。育成の観点は、経営者含め管理職以上は持つべきだが、特に現場のメンバーの情報を収集し、経営層に上げる役割を持つのは管理職であり、その能力の発揮如何によって、直接企業の成長戦略に影響する。
かつての管理職には、部下の育成よりも業務遂行や結果の管理が求められてきた。しかし、現代では次のような理由から、管理職が「育成者」としての役割を担わなければならない。
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離職率の増加とキャリアチェンジの流動化
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上司からの適切な指導がないと、部下はキャリアに不安を感じ、転職を選択しやすくなる。また、企業に長期滞在する文化が変わり、管理職の関与がなければ人材の定着が難しくなる。
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組織文化が育たない
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管理職が組織の価値観や方針を伝えられないと、組織の一体感が欠如し、社内の連携が弱くなる。
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成果を出し続けられない組織になる
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目標管理や部下の育成が機能しないと、一時的な成果は出せても長期的な成長が停滞する。
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企業組織にとって中間管理職とはどのような存在か
企業組織において、中間管理職は会社の方針を現場に落とし込み、現場からのフィードバックを伝える役割を果たす存在である。しかし、多くの企業では以下のような問題が発生している。
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本部方針の意図が、現場に伝えられていない
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チームの目標設定(行動計画)がない
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目的の分からない集計作業が社員に課されている
このような問題が生じる要因として、管理職の「本部方針の意図を理解する能力がない」または「本部方針の意図を理解する気がない」ことが挙げられる。これは、管理職としての役割認識が全くない状態だ。いずれのケースでも、組織全体の方向性が明確にならず、社員はただ目の前の仕事をこなすだけの状態になってしまう。
中間管理職の役割は、単に指示を伝えるだけではなく、社員の仕事の範囲を拡大し、全体の目的を遂行することである。組織の方向性を明確にし、メンバーを適切に導くことが求められている。
「指示する」仕事から「観察する」仕事へ
顧客のニーズが、ただ商品・サービスを迅速に提供するだけではなく、企業のブランド・価値を含めて評価するようになっている。あなたも、食事をする場所を探したり、ホテルを探したりすると、必ず口コミを目に通すだろう。1995年にAmazonがレビューを作成したところから、2000年代は、専門サイトの口コミが多数乱立し、現代は、SNSも含め、口コミを見るのが当たり前になっている。
マス・マーケティングで、企業ブランドを企業側から発信したいように発信し、顧客がそのブランドイメージを受け取るような時代は終わり、社員一人ひとりの対応力が、企業ブランドに影響する時代になっているのだ。
そのような時代の中で行う教育は「指示型」から「支援型」に変化している。こちら側のやりたい方向性を、そのまま全面的に発信するのは良いが、その後、必ずフィードバックを受けながら相互交流・調整をする必要がある。
そのために、管理職は「指示する」仕事から「観察する」仕事へ、意識の比重を変えなければ成功しない。これは顧客に対しても同様のことである。提案をするだけでなく、状況を判断し、ヒアリングしていかないと、対応力は評価されないからだ。
相手を「観察する」仕事というのは、今までやったことがないし、管理職側からすると、上司にやられたこともないはずだ。それは、時代のニーズが合っていなかったからであり(むしろ高度経済成長期に“支援型”に全振りしていたら、企業成長は難しいだろう)、別に上司側も気に病むことはなく、この支援型マネジメントは、皆、初心者だという共通認識を持てば問題ない。
下記、簡易的に表にまとめたので参考にしてもらえると嬉しい。
マネジメントタイプ | メリット | デメリット | 適用すべき相手 |
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指示型マネジメント | 迅速な意思決定が可能 | 部下の自主性を育てにくい | 新入社員や未経験者 |
支援型マネジメント | 部下の成長を促進、自主性を引き出す | 管理職のスキルと観察力が問われる |
経験のある社員やリーダー候補 |
管理職の意識改革の成功事例・失敗事例
ここまで、管理職の意識改革が成長戦略を支えるために、必要であることを解説してきた。では、そのような支援型マネジメントを通して、成功した事例・支援型になりきれず失敗した事例を紹介したい。
失敗事例:A社の管理職意識改革の課題
概要
A社は特定業界の中堅企業である。人件費の増加とビジネスモデルの限界が課題となり、収益構造の変革を目指して長期計画を策定した。その一環として、次世代リーダーの育成を目的とした意識改革プロジェクトを実施。同社では、若手社員を対象に選抜し、長期的なトレーニングを行うことで次世代のリーダー育成を試みた。
しかし、管理職層が自身の意識を変えることなく、部下が変わることだけを期待していた。この結果、次世代リーダーとなる社員が新たな施策を現場で実行しようとすると、上司からSTOPがかかるケースが多発した。具体的には、新たなアップセルやクロスセルを通じて顧客との契約が進んだにもかかわらず、自社内のサポートが不足して計画が中断されるといった事態である。
この状況があり、上司向けのフォロー研修を実施したものの、更に上層部の経営層が、短期的な視野で人材配置を進めた結果、若手社員のモチベーションが低下し、計画全体が遅滞してしまった。
解説
A社の事例では、経営層自身も意識改革を行わなかったことが最大の課題である。そうなると、管理職自身も日常において、意識改革を行わず、従来の指示型マネジメントに戻ってしまった。経営層が「自ら変わる」姿勢を示さない限り、今回のように、次世代リーダーの育成は現場での実行段階でつまずく。
特に、これまでの「指示型」から「支援型」への移行において、管理職が観察力と柔軟性を備えたマネジメントスタイルを採用することが不可欠である。そして、その決定を経営層が行い、自らが意識改革をする宣言をしなければならない。
成功事例:B社の管理職対象コミュニケーション研修
概要
B社は業界内で高い技術力を誇る中堅企業であり、部下の成長と業務効率の向上を目的として、管理職の意識改革に取り組んだ。同社では、管理職と部下の間に十分な対話がなく、コミュニケーション不足が業務パフォーマンスの低下を引き起こしていた。具体的には、部下が業務に関して相談しづらい環境があり、その結果、指示待ちの姿勢が強まり、自発的な行動が減少していた。
この問題を解決するために、B社は「管理職対象コミュニケーション研修」を導入し、管理職が「指示型マネジメント」から「支援型マネジメント」へ移行するためのスキルを習得する場を提供した。
解説
この研修では、管理職が部下の成長を促進するために必要な関わり方を学ぶことを目的とした。特に、以下の三つのアプローチが採用された。
まず、マインドセットの変革が求められた。管理職が部下を「指示待ち型の存在」と捉えるのではなく、「成長可能なリソース」として認識することが不可欠であった。研修では、部下の主体性を引き出すための「観察力」を鍛えるワークを実施し、部下がどのような状況で成長しやすいのかを見極める力を養った。
次に、実践的なコミュニケーションスキルの習得が行われた。管理職が部下の話を「聞く」姿勢を持つことが強調され、具体的には「伝わるコミュニケーション」と「伝わらないコミュニケーション」の違いをロールプレイ形式で体験するプログラムが取り入れられた。
最後に、フォローアップ体制の構築がなされた。研修後も学びが定着するように、管理職には1on1ミーティングの実施が推奨され、実際に管理職同士で模擬1on1を行い、部下との対話の質を向上させる方法を体得した。
これによって、管理職全体で持っていた課題意識の共通化ができ、互いの悩みを、ディスカッションを通して、各々の部署での解決策をもらうなど、意見交換ができた。横のつながりを通して、「支援型マネジメント」で部下育成に取り組む姿勢が強化できたように見える。
- 成功事例詳細:管理職の役割変革|「仕事の振り方」が組織成長の鍵に
成功する支援型マネジメントの実践方法
では、成功事例と失敗事例を紹介したが、結局「意識改革」を自ら行おうと思えるかが一番の肝となる。危機感や未来ビジョンの共有など、様々な方法で、管理職の意識改革を行うための、環境づくりが経営層の仕事だ。その環境づくりについては、こちらの記事を参考にしていただけると嬉しい。
- 参考記事:変革を導く「経営者の意識改革」の方法
- 参考記事:本当に成功する意識改革とは?失敗と成功の分岐点を探る
ここからは、管理職の意識改革に焦点を絞って、話を進めていきたい。
マネジメントの4つの心得
まずは、心得である。「指示型」から「支援型」に意識を切り替えるために、下記の4つを意識して業務に取り組んでほしい
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相手の状態を確認してアドバイスをするまたは、褒める
部下から聞かれていないのに困っている前提でアドバイスしない。 -
何事もまずやらせてみる
部下から質問されない限りアドバイスをしない。それ以外はまずやってみたらと答える。 -
失敗させる
部下から「これ以上手に負えないんですけど、どうしたらいいですか?」と質問されない限りアドバイスをしない。 -
責任を渡す
顧客のことを上司の方が分かっていると思っているうちは、部下は仕事ができるようにならない。
シンプルに行える部下への3つの支援方法
続いてコミュニケーションの方法である。とてもシンプルなのだが、奥が深い。管理職自身でフィードバックをしながら進めるのも良いが、経営層は管理職の評価をする際に、下記を含めた評価を、管理職の部下にさせると、その管理職がどのようなマネジメントをしているのか、一目瞭然になる。
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褒め2:アドバイス1
部下に対するフィードバックは、褒めることを2回、アドバイスを1回の割合で行うのが効果的である。これにより、部下のモチベーションを維持しながら、適切な成長を促すことができる。 -
質問が来るまではやらせる
部下が質問をしてくるまでは、上司は介入せずに見守ることが重要である。自分で考える力を養うことで、部下の主体性が向上し、問題解決能力が高まる。 -
失敗させるまでフォローしない
ある程度の失敗は、学びの機会となる。失敗することで課題を自覚し、次に活かすことができるため、過度なフォローをせずに成長を促すことが望ましい。
自身のマネジメントを評価するための10の質問
これらの心得と支援方法を本当に実践できているかは、先述の通り、部下に評価を受けることで判明する。ただ、質問をされた部下も、面と向かって話せる人・そうでない人が当然いる。なので、自己評価ができるように質問を作成した。管理職であるあなたは、1on1や評価面談で、この質問を部下にできるだろうか?シミュレーションをしてみてほしい。
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私の話をよく聞いてくれていると感じますか?
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仕事に対して適切なフィードバックを受けていますか?
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業務の目的や意義を理解できるような説明を受けていますか?
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自分の成長を支援してくれていると感じますか?
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新しいことに挑戦する機会を与えられていますか?
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失敗しても学びに変えられる環境だと感じますか?
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上司とのコミュニケーションは円滑に行えていますか?
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自分の意見を尊重し、取り入れてくれていますか?
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指示ばかりではなく、考えさせる機会を与えてくれていますか?
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働きやすい職場環境をつくるために努力していると感じますか?
これは、部下の回答はさほど気にしなくて問題ない。部下に上記のような質問を定期的にできる関係性であるかどうかが重要なのだ。
つまり、管理職であるあなたが、この質問リストをみて「こんなの聞けないよ」と思えば、それは支援型ではなく指示型のマネジメントに意識の重点が置かれている証拠だということだ。
何度も伝えているように、支援型マネジメントには観察が重要である。観察とは、相手だけでなく、自分自身も含まれていることを忘れないでほしい。自身が評価している自分自身と、相手が評価している自分自身は、絶対に違うのだが、相手からの評価を受け入れて調整することはとても難しい。しかし、支援型マネジメントにはそれが必須となってくるので、ぜひチャレンジしてほしい。
支援型マネジメントの導入に伴うリスクと課題
支援型マネジメントの導入は、組織全体の成長を促し、部下の主体性を引き出す大きなメリットがある。しかし、その一方でいくつかのリスクや課題も存在する。これらを理解し、適切に対処することで、より効果的な支援型マネジメントを実践できるため、追記をしておく。
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時間と労力の増加
支援型マネジメントは、単に指示を出すだけでなく、部下の状態を観察し、適切な支援を行う必要がある。そのため、この支援方法に慣れるまでは、管理職の負担が増加し、業務量が増える可能性がある。逆に慣れると業務量は大幅に減る。
参考記事:【上手な仕事の振り方】仕事の振り方をレベル別に分けて解説 -
即効性が低い
指示型マネジメントと異なり、支援型マネジメントは部下の成長を待つスタイルであるため、短期間で成果が見えにくい。短期的な業績を求める企業文化と合わない場合、途中で支援型の取り組みが頓挫するリスクがある。 -
管理職のスキルギャップ
これまで指示型マネジメントを行ってきた管理職にとって、支援型マネジメントに必要な「観察力」や「コーチング能力」は未経験の領域であることが多い。適切な研修やトレーニングがなければ、支援型への移行は難しくなる。そのため、何から行うべきかは、熟慮するべきだ。 -
組織文化との適合性
組織全体が支援型マネジメントを受け入れる風土を持たなければ、管理職がどれだけ努力しても変化は難しい。経営層の理解と全社的な取り組みが不可欠である。
これらの課題を克服するためには、管理職に対する教育だけでなく、組織全体での支援型マネジメントの理解を深めることが重要である。当然だが、指示型のマネジメントも一定量保たないと、バランスが偏ってしまうので、その調整が重要だ。
企業の成長戦略と支援型マネジメントの整合性を考慮しながら、段階的な導入を進めることで、無理なく意識改革を進めることができる。
4. まとめ
管理職の意識改革は、企業の成長戦略を支える重要な要素である。時代の変化に伴い、管理職に求められる役割も進化しており、単なる業務管理者から、部下の成長を支援する育成者へとシフトしている。特に、支援型マネジメントを実践することにより、組織全体のパフォーマンス向上や人材の定着率向上が期待できる。
しかし、意識改革には時間がかかる上に、管理職自身の観察力と柔軟性が求められる。
そのため、企業としては、支援型マネジメントの実践を促進するための環境を整え、管理職が成長できる機会を提供することが不可欠である。そのためには、何よりも経営者自らの意識改革を実践し続ける決断をし、その上で、定期的なフィードバックの実施や、1on1ミーティングの導入など、仕組みを整えることで、支援型マネジメントの定着が促される。
管理職の意識改革は、単なる研修の導入だけではなく、その後のフォローアップや定着施策が重要となる。今後、さらに多くの企業がこのような取り組みを進めることで、組織の持続的成長が期待される。